届屋ぎんかの怪異譚
「あのね、月詠にとっても嬉しいことなのかどうか、わからないんだけどね……」
さっきまでの元気はどこへやら。
山吹はもごもごと、ぼやくように言うと。
「……子どもがね、できたみたいなの」
うつむいたまま、ぼそぼそとそう言った。
月詠は切れ長の目を大きく見張り、「本当に?」と、かすれた声で尋ねる。
山吹はやはりうつむいたまま、小さく頷いた。
「それは……君にとっても嬉しいことだと、思ってもいいのか?」
も、と、山吹も月詠も言った。
そのことに、銀花は胸が痛んだ。
愛する相手にとっても子ができたことは嬉しいことであると、無邪気に信じられる関係ではない二人が、悲しく思えた。
月詠には嬉しくとも、山吹にはそうでないかもしれない。
なにしろ山吹は人の娘。
人様にお腹の子の父が鬼であるなどと言えるはずもなく、かといって父のわからぬ子を産み育てるとなれば、世間の風当たりも強くなる。
逆に山吹にとっては喜ばしくとも、月詠には月詠の、水月鬼のしがらみがあるのかもしれない。
この二人にとって、一緒になる、とはそういうことだ。
どちらかが、あるいは両方が、己を取り巻く一切を捨てなければならなくなるということだ。