届屋ぎんかの怪異譚



森を抜けて、町を足早に歩いていく。


人目を避けているのか、人通りの少ない道ばかり選んで通っているようだった。


それから彼、あるいは彼女はある武家の屋敷の前で立ち止まると、そばに立つ桜の樹に登り、塀を飛び越えて入っていく。


出くわした下働きの男に軽く目礼をしたところを見ると、べつに忍び込んでいるわけではなさそうだった。



記憶の持ち主はそのまま屋敷の庭をまわり、

やがて縁側に出てぼんやりと庭を見つめる女の姿を見つけると、その前に膝をついた。



女は振りむいて、かすかな笑みを浮かべた。


それなりに美しい顔立ちをしていて、どこか儚げな女だった。



「白檀様、ただいま戻りました」



彼女が、白檀。

山吹の親友だという、武家の娘。



けれど、そんなことよりも。



(この声――……!)



白檀に話しかけた、記憶の持ち主の声を、銀花は知っていた。



心の臓が早鐘を打つ音が聞こえる。


まさか、まさか、とうわごとのようにつぶやく自分の声が大きくなるにつれ、目の前の景色が薄れていく。




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