届屋ぎんかの怪異譚



郎党に見ぬからぬよう森へ入り、夢中で走った。


水月鬼を救うため。山吹の幸せのため。それが白檀の願いだから。



暗い夜の森の中、けれど足取りに迷いはなかった。


道順は感覚が覚えている。


萱村に輿入れしてから気軽に会えなくなった友の様子を白檀に報告するため、この数年、毎日のように通ったのだから。



やがてその泉は現れた。


まるで森の主か何かのように、神聖な獣のように、月明かりの下に鎮座する、その泉。



ゆっくりと泉に近づき、水面を見下ろした。



「水月鬼――月詠」



名を呼んでみても、泉はただ厳かな静寂を守り続けるだけだ。


どうすれば月詠を呼び出すことができるだろうか。

そう考えていたときだ。



「あなた、こんな夜中にどうなされたの? 迷ってしまったのかしら」



知った声がして、記憶の主はビクリと肩を震わせた。



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