届屋ぎんかの怪異譚
ふり返ると、山吹の姿があった。
「家はどちら? 近いところまで送ってあげるわ」
心配そうな顔で近づいてくる山吹に、記憶の主は膝をつく。
「山吹殿、私は白檀様の遣いで参りました。萱村秀英が鬼退治と称し、もうすぐこの森に攻め入って来ます。どうか今すぐ、水月鬼たちと共にお逃げください!」
「どういうことだ、小僧」
返ってきた声は山吹のものではなかった。
けれどもやはり、知っている声だった。
次の瞬間、水面に浮かぶ月の光の中から、白銀の髪の男が現れた。
月詠、と呼びかける山吹に「下がっていなさい」とかすかに微笑み、月詠は記憶の主に向き直る。
「萱村が攻めてくるとはどういうことだ。萱村当主の妻は、山吹の友ではなかったか」
責めるような口調の月詠の後ろで、山吹も信じられないという顔で記憶の主を凝視している。
「白檀様は精一杯お止めになりました。しかし秀英様は聞き入れず……」
慌てて白檀をかばおうとして、けれど途中で言葉を切った。
――馬の蹄の音がしたのだ。