届屋ぎんかの怪異譚
それも、たった一瞬のこと。
次の瞬間には突き放すように銀花をはなし、朔は背を向けてどんどん歩いていく。
一瞬の温もりが、冷たい風にさらわれていく。
待っていた猫目に「行くぞ」と声をかけた朔に、追いすがるように「待って!」と叫んだ。
「黙ってどこかに行ってしまうなんて、絶対許さないわ。風伯に頼めばどこだって追いかけられるんだからね」
朔の足がぴたりと止まる。猫目が心配そうに銀花を見た。
「どうしても、来るのか」
低い声は、まるで感情を無理やりに押し殺したようにかすかに震えて、痛ましい。
「ええ」
手をぎゅっと握って、銀花は答えた。そうして初めて、自分の手がちゃんと温かいことに気がついた。
ちゃんと手に力が入る。――ならば、はなすものか。
「邪魔だ」
そんなの知ってる。
邪魔になることくらいわかっている。
――それがどうした。朔の、邪魔を、しに行くのだ。