届屋ぎんかの怪異譚
銀花の漏らしたつぶやきに、朔がぴたりと足を止めた。
「どういう意味だ」
「だって、おかしいわ。ここでは十年前、大勢の人が亡くなったんでしょう? もしかしたら最近にも、人が亡くなっていたのかもしれないんでしょう? それなのに、どうして亡霊の類が、一人もいないのかしら」
予期せぬ死を迎えた者、望まぬ死を迎えた者、恨みや強い心残りのあるまま死んだ者。
そういう者たちは、亡霊になりやすい。
亡霊は魔であり、化け物であり、ひとの魂とはすこし違うと、これまで多くの亡霊を見た銀花はとらえている。
生前のひとがそのまま現れるわけではないのだ。
死したときの強い思念――恨み、憎しみ、愛情や心残りが、付喪神のように「化けて出る」、それが亡霊だ。
それは思念の塊、情念の塊であって、死したひとのこころそのものではない。
いつかの奥州で出会った母親の亡霊は、息子を心配する情念の塊であったし、あざみは夫へ伝えたいことがあるという心残りの塊だった。
だからこそ、心残りの原因を取り除いたり、強い感情をなだめたり、あるいは時が経ち情念が薄れることで、亡霊は消えるのだ。
亡霊とはそういうもの。
――だからこそ。