届屋ぎんかの怪異譚



銀花の漏らしたつぶやきに、朔がぴたりと足を止めた。



「どういう意味だ」


「だって、おかしいわ。ここでは十年前、大勢の人が亡くなったんでしょう? もしかしたら最近にも、人が亡くなっていたのかもしれないんでしょう? それなのに、どうして亡霊の類が、一人もいないのかしら」



予期せぬ死を迎えた者、望まぬ死を迎えた者、恨みや強い心残りのあるまま死んだ者。

そういう者たちは、亡霊になりやすい。


亡霊は魔であり、化け物であり、ひとの魂とはすこし違うと、これまで多くの亡霊を見た銀花はとらえている。


生前のひとがそのまま現れるわけではないのだ。


死したときの強い思念――恨み、憎しみ、愛情や心残りが、付喪神のように「化けて出る」、それが亡霊だ。


それは思念の塊、情念の塊であって、死したひとのこころそのものではない。


いつかの奥州で出会った母親の亡霊は、息子を心配する情念の塊であったし、あざみは夫へ伝えたいことがあるという心残りの塊だった。


だからこそ、心残りの原因を取り除いたり、強い感情をなだめたり、あるいは時が経ち情念が薄れることで、亡霊は消えるのだ。



亡霊とはそういうもの。

――だからこそ。



< 246 / 304 >

この作品をシェア

pagetop