届屋ぎんかの怪異譚



萱村事件。


その日は、九つの誕生祝いの前日だった、と朔は言う。



眠っていたところを誰かの声と足音に起こされた朔は、外の様子を見に行こうとしたその手を、当時の使用人の女に掴まれて止められた。



わたくしが外を見て参ります。朔様は隠れていてください。



女は賊かなにかが入り込んだと思ったのだろう。


朔を塗籠に押しこめると部屋を出て行った。



やがて、男の叫び声と足音が近づいてきた。

足音はドタドタとうるさいが、不思議と音と音の間隔が長い。

慌てたふうでも単に粗野なふうでもないその奇妙な足音に混じって、なにか重いものが倒れるような音が、部屋の前でした。



何をなさいます! おやめください!



使用人の女の声が聞こえたとき、朔はおもわず塗籠の戸の隙間から外を覗いた。



細い隙間から、後ずさる女の姿と、女に刀を持って迫る男の姿が見えた。


男は白目をむいていて、力なく半開きになった口からはよだれを垂れ流している。


足元も酒に酔ったようにふらついていて、明らかに常軌を逸していた。


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