届屋ぎんかの怪異譚
女は必死で部屋を逃げ回り、――やがて、ふいに動きを止めた。
その背中に、男が刀を振り上げた。
朔が声を上げようとした、その瞬間、女が自分の髪から簪を抜き取り、男の左目に突き刺した。
振り返る女の顔を見た朔は息を飲んだ。
――女は、狂った男と同じように白目をむいていた。
目に突き刺した簪を、さらに深くぐりぐりとえぐりながら、女は笑った。
男が動かなくなっても、狂ったように刺したり抜いたりを繰り返す。
やがて、女は何の前触れもなくピタリと動きを止めると、ゆっくりと首を巡らせ、朔のいる塗籠を見た。
ふらふらと、おぼつかない足取りで女は近づいてくる。
朔は凍りついたように動けずにいた。
頭のどこかで、あれに殺されるくらいなら腹を切ろう、と思ったが、手に持った太刀を抜くことはできずにいた。
わけがわからなかったのだ。
――なぜ、萱村の者どうしが殺し合っているのか。
なぜ、つい先ほどまで普通だった女が、自分の命を狙っているのか。