届屋ぎんかの怪異譚
近づいてきた女が塗籠に手を伸ばした。
――そのとき、ドン、と音を立てて、朔の部屋のふすまが女に倒れかかった。
もがく女に、ふすまを倒して入ってきた男がのしかかる。
人間のものと思えない叫び声を上げた女の開いた口に、男が刃をつき刺した。
断末魔の間を縫うように何度も何度も女を刺す男も、明らかに狂っていた。
髪を振り乱す、夜着のままのその男は、女が動かなくなるとふらふらと立ち上がった。
次に殺す者を探すかのように首を巡らせるが、塗籠に隠れた朔に気づかず、のろのろと部屋を出ていく。
一瞬だけ見えたその顔は――。
「父上、だった」
白目をむいて、口をだらしなく開いた狂人は、たしかに父、萱村当主秀英であったと、朔は言った。
「あの事件のことを、ちまたではこう噂されているらしいな。――まるで一族の者たちが全員で一斉に殺しあったようだ、と」
いつだったか、糺がそう言っていた。
血の海に横わる人々の死体は皆、手に刀や武器を持っていた、と。