届屋ぎんかの怪異譚
「なぜ、白檀だと?」
尋ねたのは銀花だった。
「――破れたとき、抵抗がまったくなかったんだ」
結界は、一度張れば簡単には破れない。
術者の力が強ければ強いほど、結界もまた強くなる。
玉響ほどの術者が張った結界が破れるとすれば、破った者はそれなりに強い力をもつ妖や術者だ。
そして、強い力がぶつかれば、結界の方も激しい抵抗をするものだ。
その抵抗は術者に伝わり、結界の異変を知らせる。
結界が抵抗なく消える場合とはすなわち、術者が結界を解いたときと、守護対象がみずから結界を開いたときだ。
この話をすでに玉響から聞いていたのか、朔はさして驚いた様子もなく、静かに廊の隅の闇を見つめている。
けれどその瞳に一瞬、憎悪の炎が見えた気がして、銀花は息をのんだ。
初めて会ったとき、出会う妖を片端から憎んでいた、朔。
妖が嫌いか問えば、憎悪と言った方がまだ近い、と答えた朔。
なぜそこまで妖を憎むのか。
それがわかってしまった。