届屋ぎんかの怪異譚
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「あの日もこんな満月だったわね」
井戸のふちに腰かけた人影。
逆光になって顔は見えないが、だれもが、その人影の正体を――その女の正体を悟っていた。
女にしては背が高い。
すらりと伸びた腕がゆったりと持ち上がり、その長い髪を耳にかけた。
月明りの下、どこか悲しげな笑みを浮かべたその女を、銀花は猫目の記憶を介して見たことがある。
白檀。
玉響と山吹の友であり、猫目の昔の主であり、朔の義理の母であり、――おそらくは、萱村の一家を亡ぼした張本人。
「久しぶりね。玉響、千影(ちかげ)」
千影、と、女の呼んだ名を口の中で繰り返した。
――それが、猫目の本当の名前。
「ええ、本当に。できることなら、ここまで堕ちてしまったあんたを、見たくはなかったよ」
そう言った玉響の隣で、猫目が目を伏せる。
「白檀様、俺は……この十年ずっと、あなたをお探し申し上げておりました」