届屋ぎんかの怪異譚
そう言った白檀の声が思いのほか柔らかく、朔は驚いて顔を上げる。
白檀と目が合った。
見たこともない表情をした白檀に、朔は呆気にとられたように、口を半開きにしたまま固まった。
――白檀は、まるで息子に言い聞かせるように、優しく笑っていた。
それもほんの一瞬のこと。
すぐに笑みを消し、朔から目をそらす。
「わたくしの想いはわたくしのもの。おまえに教える義理などない」
話は終わりだと言わんばかりに、有無を言わせぬ口調でそう言うと、白檀は猫目を振り返る。
長い、長い沈黙があった。
二人の視線がしばし絡み合い、奇妙な緊張がその場を包む。
悲痛な表情をした猫目に対し、白檀はなにかを見透かしたような、諦めたような、それでいて哀しげな、複雑な微笑みを浮かべていた。
「千影」
静かに、白檀が呼んだ。
どこまでも穏やかで、慈しむように、愛おしむように、猫目の名を。
はい、と猫目が答えた。
「あなた、いくつになったの」
「今年で二十五になります」