届屋ぎんかの怪異譚
「好いたひとはいるの」
「……いません」
「そう。あなたももう大人なんだから、早く伴侶を見つけなさいね」
「……そうですね。そのうち、見つけますよ」
淡々と、白檀の言葉に、猫目が応える。
ひとこと返すたびに、猫目の目が何か言いたそうに揺れ、それでも何も続けず、口をつぐむ。
白檀はしばらく猫芽の言葉を待つように黙っていた。
沈黙に、ぴし、ぴし、とひびの入る音だけが、まるで時を刻むように響く。
やがて、小さなため息とともに、白檀が笑った。
「……あなたに嫌われるのは、案外、こたえるものね」
長い尾をぱたりと振って、白檀はうつむく。
影になった顔がほんの一瞬、泣笑いのように見えて、朔は息をのんだ。
――そんな姿を見たかったわけじゃない。
白檀に会ったとき、猫目はそう言った。
きっとその言葉を指して言ったのだろう。
違う、と叫びたかった。
嫌ってなんかいない。
猫目は、今でも……。
朔だけはそれを知っていた。