届屋ぎんかの怪異譚


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暗い、暗い水の中に、銀花はいた。



光は差さない、音もない。


あの湖だと、なぜだか直感でわかった。

水月鬼の棲家のあった、あの湖。



沈んでいく体。


全身の感覚がどこか鈍く、沈んでいく速さもよくわからない。


ゆっくりなようで、どんどん沈んでいくようでもある。



ふと、笑い声を聞いた気がした。


銀花は緩慢に首を巡らせて、声のした方を探す。



そして、見つけた。


銀花の沈んでいく方。


湖の底に、暖かな光が見えた。


そこから何人かの話し声と、笑い声がする。


暖かな、優しい空気を感じる。



あそこへ行きたい。

銀花は光へ右手を伸ばそうとして――けれど、できなかった。



誰かが銀花の右手を掴んだのだ。



目を向けても、そこに誰かの手は見えない。

ただ、己れの白い首が暗闇に浮かぶだけだ。


けれど、誰かに掴まれている感覚だけが、強く、手を締めつける。



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