届屋ぎんかの怪異譚
「名は」
短く問う青年に、なぜ今そんなことを訊くのだろう、と訝りながら、銀花は答える。
「銀花よ。あなたは?」
「おまえに名乗る必要はない」
「な……っ! ひとに名乗らせておいて、自分は名乗らないつもりなの!?」
青年は喚く銀花を鼻で笑うと、
「その妖、風伯といったか。今回は特別に斬らないでおいてやるが、次会ったら斬る」
そう言って、江戸の方へ歩き出す。
「え、ちょっと!」と呼び止める銀花に構わず去っていく青年の背中を、銀花は唖然として見つめた。
――その足取りに違和感を覚えて、銀花は目を凝らす。
なんだか、ふらふらしているような……。そう思った矢先。
ぐらっ、と、青年の体が傾ぐ。
あ、と思ったときにはもう、青年は地面に崩れ落ちていた。
「ちょっとあなた、大丈夫!?」
慌てて駆け寄った銀花は、触れた青年の体が異様に熱いことに気づき、思わず手を引っ込める。