届屋ぎんかの怪異譚
なるほど。晦が肌身離さず持っていた刀だ。依代には最適だろう。
「始めるよ。犬神の動きは今様と二藍が封じるから、その間にお願い。あまり長くはもたないよ」
「わかったわ」
頷き、銀花は月の光を受けとめるように天を仰ぎ、目を閉じる。
己の中の妖力に集中する。
使いすぎてもう限界が見えていた。
――お願い、あとすこし。
次に目を開けたとき、銀花の瞳は銀に光っていた。
と、同時に、地面に置いた刀がかすかに揺れた。
かたかたと震えるように。
刀は赤く光り、禍々しい妖気を放ちはじめる。
ゆらりと、赤い妖気が煙のように立ち上がり、それが徐々に形を作っていく。
巨大な犬の形に。
妖気の塊であったそれは、やがて毛並みが見え、牙が見え、爪が見え、徐々に実体を持ちはじめる。
肌を刺すような禍々しい気配が結界の中に充満する。
地から響くような唸り声に鳥肌が立った。
「父様、お願い、助けてください」
目をつむり、銀花はまるで目の前の誰かに語りかけるように言った。