届屋ぎんかの怪異譚
月詠が犬神にかざしていた手を、ゆっくり空へ押し上げる。
それが合図だったかのように、珠のようなひとつひとつの光が弾けた。
蛍の群れのようだった光は、風もないのに勢いよく渦を巻く。
淡く銀に輝く桜吹雪。
その光景は、ひどく幻想的で美しかった。
月詠の魂が銀花を振り返る。
手を伸ばし、ぽん、ぽん、と銀花の頭を撫でるように手が動いた。
魂だけになったその手の重みは、銀花には感じられない。
けれど、ほのかな暖かさをたしかに感じて、涙が出そうになった。
月詠の魂が光の花の舞に触れる。
すると、男の姿を取っていた光が弾け、無数の魂の花弁と同じ姿になり、群れに吸い込まれていった。
もう、どれが月詠の魂かわからない。
秀英の魂も、犬神の魂すらも、他の名を知らぬ魂たちと一緒になって、還っていく。
三人はずっと、魂が天へ昇るその光景を見ていた。
銀の花が消えてしまっても、しばらくそこにたたずんでいた。
頭に乗せられた父の手の温度が、不思議といつまでも残っているような気がした。