届屋ぎんかの怪異譚



どうしても、思ってしまう。

――朔が、このまま帰ってこないつもりじゃないか、と。



「……早く、帰ってきてね」



祈るような気持ちでそう言って、銀花は無理に笑ってみせる。


けれど、朔は「どうかな」と、暗い空に白い息を浮かべて言った。



「のんびり富士でも見物してくるつもりだから、ちょっと遅くなるかもしれない」



「朔」



つい、咎めるようなきつい調子で名前を呼んだ。


呼んで、銀花はうつむいた。



もう隠しきれないくらいに不安になっている自分が嫌だった。


朔を信じていないようで嫌だった。



朔は仕事を終えたらすぐに帰ってくると言っているのに。

きっと本当にそうなのだろう。


猫目がたまに退治屋の仕事でどこかへ行って、すぐに帰ってくるように、朔だってきっと。



「なぁ、そんなに俺が帰ってくるか心配か」



「え」



「気づいてるよ。おまえが、俺がこのまま帰ってこないんじゃないかって思ってることくらい」



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