届屋ぎんかの怪異譚
顔を上げると、朔の真剣なまなざしと目が合った。
「……心配よ。すごく」
言葉が自然に出てきた。
言ってしまうと泣きそうになった。
「じゃあ、早く帰ってくる気になるように、ひとつ約束してくれないか」
「……なにを?」
尋ねると、朔は居心地の悪そうな苦い顔をして、目を逸らす。
そして三つ呼吸を数える間の後、ずっと考えてたんだが、と前置きをして、再び銀花の目を見た。
「俺が帰ったら、祝言でも挙げないか」
呼吸が止まった。
呆然と固まった銀花の頬に、白い雪がひらりと舞い降りて、熱い頬に雪の冷たさが鮮やかに残った。
考える前に手が動いていた。
朔の胸ぐらをつかんで、つい先刻整えたばかりの着物が乱れるのもかまわず、ぐい、と引き寄せる。
――いつかの夜のように。
そして朔の唇に、自分の唇を重ねた。
行かないで、と願いを込めて唇を重ねた、あの夜を思い出す。