埋火
斉藤は外に出ると寒さのあまり、自然に手を羽織の中に入れ腕を組み歩きだした。
このへんは人通りも少なく、薄暗い。まして、こんな夜も更けた時間に歩く者などいない。
斉藤が薄暗い路地の曲がり角に差し掛かったとき、急にザッと強い風が吹い
た。
『殺気…』
斉藤は羽織に入れていた手を早々と出すと刀に手をかけ、構えた。
路地の角から人影が見えた。
すると斉藤は、慌ててその手を離し目を丸くした。
路地の角から現れたのは一人の女だった。
その女はゆっくりと頭を下げて斉藤をじっとみた。
光るような白地の着物に牡丹の花の刺繍がはっきりと刻まれた着物は月の光が反射し、妙な輝きを放っていた。
その上からゆるくかけていた羽織を女はギュッと持ち直すと、さらに斉藤をじっと見つめた。
その顔は妙に切なく、不安な目をしていた。
長く上に結った黒髪が風に当たり、頭に挿していた大きな簪たちががそっと静かに揺れていた。
頬に塗った赤々とした頬紅は寒さのせいかどうかは分からないが、真っ赤に塗った唇が震えていた。
カランと女の下駄の音がすると、女はそっと斉藤の胸に飛込んだ。
『斉藤はん、なんで最近寄ってくれまへんのや?』
斉藤はそっと女の肩に手を回した。
『すまない。最近一騒動あってな。』
女はそっと斉藤から離れると斉藤の目をじっと見て潤んだ目を見せた。
『斉藤はんの姿が見られませんのは寂しゅうて、寂しゅうて。
新選組の方に聞きましたら、きっとここだろうと言われはって。』
斉藤はもう一度女を抱くと、『すまない』と呟いた。
『こんな時間だ。みなが雪乃を探しているだろう。送ろう。』
と手をとった。
次はいつ寄ってくれるのかと仕切りに女が尋ねると、『明日必ず』と斉藤は約束を交した。

斉藤は屯所にもどり井戸に向かうと、そこには総司が立っていた。
『あっ斉藤さん今おかえりですか。どうも寝れなくて。道場で一汗かこうと思っていたのですが斉藤さんもどうですか?』
その言葉に斉藤も同意した。
『沖田くん、一つ立ち合いをお願いしたい』その言葉に総司は、はいと笑顔を浮かべた。

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