埋火
 総司はいつものように菊一文字を眺めては手入れをしながら月をみていた。
その時、近藤が総司を呼ぶ声がした。
総司は『いつものあれだろう…』と思いながら近藤の部屋へと向かった。
襖をそっと開けてみるとそこには咳き込む近藤の姿があった。
「近藤先生、どうなされたのですか?」
「静岡先生のところにいつもの薬をもらいに行ってくれないか?」
ここ最近、近藤は江戸から京にのぼったばかりという状況変化のせいか風邪をこじらせていたのだ。
寺田屋を曲がるとそこには静岡という町医者がいる。
総司はいつもそこに薬を取りに使いに出されていた。
この頃、近藤たちは会津藩の警備などの仕事をさずかり壬生に屯所をかまえた。
京の民衆は、壬生浪士たちを『壬生浪士』と呼び、わが者顔で京の町を歩くのを嫌っていた。
 しかし、人あたりよく、いつも笑顔を絶やさない総司は、屯所近くの町人や子どもたちに自然と溶け込んでいた。
そのこともあってか、近藤はなにかと総司を頼みとしていた。
総司たちが『壬生浪』と呼ばれていた頃の話であった。

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