埋火
診察を終えると静岡は言った。
「沖田先生にあの晩、何も言わず、ずっと付き添っていたんですよ。」
そして静岡は静かに頭を下げ部屋を後にした。
後次を見送って、総司はまたゆっくりと横になった。
そして、総司はじっと一点を見つめていた。

 どうしたらいいかと考えていても拉致があかない。
総司は床から起き上がると羽織を手にし、そっと肩にかけ菊一文字を手にした。
「どこへ行く。」
襖の向こうで土方の低い声がした。
「巡察ですよ。」
暗い土方の声とは一点、総司は明るく答えた。
「その体でか。」
「やだなあ、土方さんたら。私をいつまで病人扱いするつもりですか?私はこの通り、もうすっかりいいんですから。」
そう言って総司は笑顔を浮かべた。
そして、総司は続けるように言った。
「いつまでもこのままでは、私の体も剣も鈍りますよ。」
総司は一人、屯所を出ると、町の様子は何も変わりはなかったが、だんだら模様の羽織を見る目が変わったかのように思えた。
「町に出ると、こうなんて言うかよ、俺たちを見る目が変わったような気分だ。池田屋の斬り込みで俺たちも随分、名が知れたもんだ。島原に行ったって、女たちのこうなんていうか、随分よくなったもんよ。」
と原田が笑いながら言ったことを総司は思い出していた。
一方で、よりいっそう人斬りの名が京の町に轟かすようになったのも事実であった。
 三条大橋にたどり着くと、総司は足を止めた。
橋の上から見える川を元気よく泳ぐ魚たちの影がまた、夏の気配を感じさせていた。
 いつかここで長州の間者を斬り、振り返ればそこには蒼祢の姿があった。
そんなことを思い出していた。
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