埋火
 総司が屯所を出たとき、既に夕刻であった。
総司はなぜか少しだけ、蒼祢の姿を期待していたが、夕刻の鐘の音とともに、その思いは消された。
我に返った総司はそっと背を向けた。
その時、急に静かな風が吹き、夏の夕日に白梅香の香りがした。
その匂いの先へ、総司は振り返ると、そこには蒼祢が立っていた。
蒼祢は総司の顔を見るなりそっと頭を下げた。
「もうこんなに出歩かれて、お体に障ります。先生はお部屋で安静にとおっしゃったはずですよ。」
「はい。」
蒼祢の言葉に総司はそんな答えしかできず、そのまま黙ったままであった。
「私はあなたに謝らなくてはいけません。蒼祢さんに隠していた……」
そんな総司の言葉をただじっと聞いたまま、蒼祢は総司の目を見ていた。
「そして、私はあなたにお礼も言わなくては。あの日、助けていただいたことを。」
蒼祢は急に口を開いた。
「私は……」
総司は蒼祢の目をじっと見た。
「私は医者です。目の前に患者がいるなら助けるのは当たり前です。
あの日、新撰組の方が患者として来られたのは確か。そして、私が助けたのは新撰組の沖田総司さまだったのでしょう。しかし、私が知っているのは新撰組の沖田総司さまではありませんから。助けた方は私の知らない方。そう思っておりました。
しかし、私の知っているの総司様と新撰組である沖田総司様がまったく同じ方だと言われても、私は助けておりました。
きっとそんなことはどうでもよかったのでしょう。
私にとってあなたは何も変わらないままのいつもの総司様ですから。」
蒼祢はそう言って静かに笑った。
そんな笑顔に総司も笑いかけた。
「ですから、また寄ってください。私は以前と何も変わず、お待ちしておりますから。」
総司は何も答えることができず、ただ蒼祢の言葉が心の中に響いていた。
 一方で蒼祢は総司の体のことを分かっているからこそ思っていた。
自分が総司を助けたい、支えなくてはと。
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