埋火
総司はお通のことを話したかった、否定したかったのだ。縁談をしたのは確かな事実だけれども、嫁をめとる気があるわけではなく……
そんなことを考えているうちに総司はすべてが嫌になった。
蒼祢もまた、総司が話したいことを分かっていたのだが何も聞くことはなかった。
そして、蒼祢はゆっくりと口を開いた。
総司は川で泳いでいる魚をなぜかそのまま見つめたまま聞いた。
「私には何も聞かれないのですね。」
総司はそんな蒼祢の言葉に疑問を感じたが、何も答えず、蒼祢の言葉を待った。
「あなたは以前より、ずいぶん自分のことを話してくださるようになりました。そして、ずいぶん私もあなたのことを知るようになりました。しかし、私はあなたには何も話しておりません。なぜ、聞かれないのですか。」
蒼祢の問いに総司はゆっくりと答えた。
「私は、蒼祢さんの何者でもない。そのようなことを言えた義理ではないですから。こちらが問いかけたところで、どうなりますか。人に言えれない過去の一つや二つなど誰にでもあるでしょう。」
「あなたは新撰組の隊士であって、私は医者です。」
そう言って蒼祢は下を向いた。その横顔が総司にはとても寂しそうに見えた。
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