埋火
「あなたは武士として、新撰組として一生を捧げるおつもりでしょ。それならば私はあなたの傍に医者としてお傍にいるでしょう。女としてではなく医者として。それがどのような形であってもあなたのお傍に居りとうございます。」
総司は蒼祢の言葉に何も返すことなく蒼祢の目をじっと見つめ、蒼祢はそんな総司を見て、急に自分の頭に手を伸ばすと、簪を取り総司に差し出した。
「私の実家は総司様と同じく、江戸にあります。母は幼い頃に病気で亡くなりました。父は江戸で医者として働いていたのですが、京に遣いに出た際、火事に巻き込まれなくなりました。幼い兄弟は親戚の家に引き取られ今も暮らしています。私は父の死後、ここ京に出てきたのです。
この簪は唯一、母が私に残してくれた肩身なのです。
帰る家族など、家など私にはもうないのです。ここ、京にも迷い猫のようにやってきました。
これを……」
そう言うと、蒼祢はさらに総司に強く差し出した。
「そんな大切なものを私がもらうわけにはいきません。」
そう言って首を振る総司に蒼祢はそっと総司の手を取り握らせた。
「だからこそ総司様にもっていていだきたいのです。私をいつまでも総司様のお供に……」
総司はその簪をぎゅっと握り締めたまま、蒼祢を抱き寄せた。
さっきまで人通りがあった街も今はすっかりといなくなり、その場には蒼祢と総司の二人だけであった。
そんな二人を満月が美しく照らすように見つめていた。
「帰る場所がない迷い猫ならば、私の傍にいたらいい。」
総司はもう一度、蒼祢を強く抱きしめた。
白梅香の香りが総司の着物にゆっくりと触れると、蒼祢は静かに
「はい。」
と答えた。
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