埋火
屯所にて
蒼祢はすっかり名静岡の名助手となっていた。
「蒼祢さん、先日はどうも。」
町では、そんな言葉で蒼祢のことを呼び止める者も少なくなかった。
それが若者から年配であったり年代は幅広く、蒼祢の人気はすごいものであった。
心優しく、親切で人当たりのいい蒼祢は、それだけではなく腕もなかなかのものであっつた。
そのうえ、美人とくれば、蒼祢を影ながら想う男たちも多かったのだ。
ただ蒼祢はそんなことなど気にする暇もなく日々、懸命に動いていた。 
 幼い頃から医者の道にと考え、自分が女としてきて生まれたことに強い誇りと意志を持っていた。
 蒼祢は静岡に頼まれていた薬を手にすると院を出、新撰組の屯所へと急いだ。
いつもは静岡が屯所へと出向いていたのだが、今日に限っては蒼祢が使いに出された。
 以前、静岡は近藤にこう言った。
「うちの新しい助手はそれはもう腕がいいうえに、これまた美人でありまして……」
その言葉に近藤は
「こんな話を聞いたからには、ぜひ一度お目にかかりたい。」
と静岡に頼んだのであった。
 蒼祢は屯所に向かう途中で総司のことを思い出していた。
このごろ総司はめっきり静岡の院へ寄り付かなくなっていた。
蒼祢の心の中に総司に対して少しの心配があった。
 「歳、この頃、総司がおかしいというのはどういうことだ?」
近藤は部屋から外にある松の木に目を移すと土方にそう問いかけた。
松の木には何羽かのツバメが群がっていた。
「このごろ総司がどうもおかしいんだ。」
と土方は近藤に話を持ちかけた。
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