埋火
湯呑を両手に抱えながら、笑っている。
総司は馬から飛び降りた。
「山南先生。屯所までお供します。」
「君が追っ手だったとは驚いた。」
総司をじっと見つめてから山南は続けるようにして言った。
「君なら仕方ない。監察なら刀を抜いていたところだが。ここで斬られるのは私のほうだよ。」
日はまだ高く、京に帰れないこともなかったが、総司は明朝、京に戻ることにし、その夜は大津に宿をとった。
 2人は床を並べて寝た。
そして故郷の話、試衛舘の話など懐かしい話をした。
「山南さん。なぜ……」
「沖田君、それ以上聞かないでおくれ。」
そう言うと山南は布団を深くかぶると目をゆっくりと閉じた。
山南はそれ以上、何も話さなかった。
隊を退くにあたって置き手紙にも堂々と?
――江戸へ帰る、と明記してある。
それだけではない。宿場はずれの茶店から総司の声を呼んだのも山南のほうであった。
そんなすずやかな山南の振舞いに総司はどこか不思議さを感じていた。
 その夜はそれ以降、山南は隊に対する不満や思いも、この先、江戸に帰ってをするのだあったかなどといったことはいっさい口にせず、何も話さなかった。
 慶応元年二月二十三日、山南敬助は壬生屯所である前川屋敷の一室で、静かに切腹をとげた。
介錯は、総司であった。
切腹の前日のことであった。
「山南はん。」
と、出窓に泣きながら手をかける女の姿があった。
それは、山南の女であった島原の明里という遊女であった。
事情を知っていた総司は変事を知らせたのだ。
 山南は、格子をつかんでいる明里の指を、中からにぎった。
しばらくそんな姿を、総司は門のかげからじっと見つめていた。
明里の顔は見えなかった。
すると明里は総司の影に気が付いたのか、振り返ったが、総司は急いで門内に隠れた。
総司はその夜、自室に戻り床につくとき、格子をつかんでいる明里の指を、中からにぎっている山南の姿が妙に思い出されたそれが総司が山南の首を落とした後でも、総司の脳裏に残っていた。

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