埋火
別れ
蒼祢は、いつかの夕刻のときのようだと思った。
あのとき、三条大橋の上で総司が新撰組だということを知った。
時間はまったく違うけれども、あのときと似たものであると蒼祢は感じていた。
あのときと同じように蒼祢は三条大橋の上に1人立っていた。
日はとっくの前に沈んでいて、人通りもまったくなかった。
 その頃、新撰組の屯所では静かな夜を迎えていた。
総司は自室で床に臥せていた。
最近、総司が急激に弱っていることを近藤も土方も感じていた。
しかし、そのことを一番分かっていたのは本人である総司自身であった。
 総司は床からゆっくりと起き上がった。
そして、総司が愛してやまない菊一文字を手にすると、ゆっくりと立ち上がった。
総司が襖を開けると、薄暗い影の向こうから低く暗い声がした。
「こんな時間にどこへ行く。」
そこには、土方が立っていた。
「まだ起きてたんですか。」
「それはこっちの台詞だ。」
「ちょっと出てくるだけですよ。」
そう一言だけ言い残すと総司は静かに笑った。
その笑顔はどこか寂しく悲しかった。
土方はそんな総司を見て、何も答えることができなかった。
こんな時間に出かけるなんぞ、総司の体のこともある、心配である。
そう土方は思っていたものの、土方は総司の目を見ると何も言うことができなくなったのだ。
そんな去って行く総司の後ろ姿をじっと見つめていた。
土方は分かっていた。
総司のゆく先を……
 屯所を出ると、少し夜風が冷たく感じた。
総司が咳をする度、菊一文字がゆれた。
『私は、新撰組の沖田総司である……』
総司はそう心の中で呟くと、ゆっくり歩き出した。
月夜の下で、総司のする咳がかすかに響いていた。
 総司が三条大橋の手前で、ゆっくりと足を止めた。夜風はさらに冷たく、総司の体をしめつけた。そして、強く咳き込み、しばらくして落ち着くと、そっと背を返した。
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