埋火
ある日、道場を回り終え屯所に帰ってくると、総司は庭先に出た。
他の者は自室で各自休んでいたが、総司は庭先にある井戸で水を浴びていた。
今日は、『手合わせを願いたい』と何度も申し込まれたせいか、いつもより疲れていた。
「総司はやはり強いな。」
水を浴びていると後ろから声がした。
「藤堂さん。」
総司が振り返ると、藤堂平助が立っていた。
藤堂と総司は年が同じであった。
藤堂は総司に手拭を差し出した。
「ありがとうございます。」
「なあ総司、ここに来て早いもんだ。」
「ええ。」
総司は顔を拭いていた。
総司と藤堂が出会って過ごしてきた月日は長く、あっという間のことであった。
藤堂は庭先に植えてある大きな松の木を眺めていた。
そして藤堂は何かを思い出すかのように、ゆっくりと口を開いた。
「私が始めて、試衛舘を訪れたとき出会ったのを覚えているか?」
「ええ。」
「その時、初めて立ち合ったのが総司だったな。」
藤堂は、初めて総司と立ち合った日のことを思い出したのだ。
「総司は強いな。」
藤堂は総司に笑いかけると、そのまま去っていった。
そんな藤堂の後姿を総司はただじっと見つめていた。
 江戸にいた頃、藤堂が近藤周助の試衛舘を訪れた際、最初に立ち合ったのが総司であった。何度立ち合っても、総司は一度も敗れることはなかった。
藤堂はそのことが、この近藤周助の試衛舘の内弟子として過ごすこととなったきっかけの一つでもあった。
藤堂は『総司の腕は確かだ。』と、総司の腕を何より知っていた。
それは、藤堂だけではない。近藤、土方を含め、新撰組のみなが分かっていることであった。
『新撰組の沖田総司』と聞くと、みなが目を見開き、総司は京の町でも名の知れた隊士となっていた。
しかし、小柄で、陽気、いつも笑顔を絶やすことのないこの若き青年を、だれもが天才剣士だとは思わないであろう。
新撰組の沖田総司だとは。

< 4 / 52 >

この作品をシェア

pagetop