埋火
だが土方の命令とならば仕方がない。
なぜ自分がここに呼ばれたのか、この目の前にいる女性がいったいだれなのか。そんなことなど知るよしもなかった。
大阪の町を蒼祢と市村は歩いた。川の近くに差し掛かった所で、二人は立ち止った。
「土方様は、お厳しい方でしょ?」
蒼祢は市村にそう言って笑顔を向けた。
「はい。」
市村は少し顔を赤らめ下を向いた。
市村は最初に蒼祢を見た時、正直『美しい人だ』と思った。そして、何故か少し恥ずかしい気持ちになった。
何より笑った時の横顔が美しかった。
「土方先生は、厳しい方です。ですが、土方先生は厳しい反面、非常にお優しい方でもあります。それに、新撰組の方たちは本当にいい方ばかりです。」
しばらく、京での話や、土方や近藤、新撰組の話をした。
次第に市村の顔にも笑みが見えるようになった。
「お薬、飲んでいただけたかしら?」
蒼祢がこの屯所へやってきた時、一番に会ったのが実は市村であった。
市村は今もなお、蒼祢のことを、ただの薬屋だと思っていた。
「はい。沖田先生はすぐに。珍しくお飲みになられて。」
もちろん市村はこの時すら蒼祢を薬屋だと思い言った言葉であった。
『京にいた頃の、新撰組と馴染みの深い薬屋であろう』そう思っていたのだ。
「そうですか。あの総司様が…」
蒼祢は笑いながらも悲しげな表情を浮かべた。
『沖田に会いたい』そんな顔だった。
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