埋火
沖田総司
近藤ら、新撰組は、関東にもどった。
総司は療養中。
近藤の傷は、江戸にかえってからめっきりよくなり、城へも駕籠で動けるようになっていた。
本人は『やはり江戸の水にあうんだよ。』とつぶやいていた。
 徳川家からあたえられた『甲陽鎮撫隊』として土方含め、新撰組旧隊士である永倉、原田、斉藤らは甲府をめざしていた。
出発にさきだって、近藤は、隊士数十人を連れ、神田和泉橋の医学所で寝ている沖田のもとへむかった。
 あたらしい療養所は林太郎の懇意で千駄ヶ谷にすむ植木屋平五郎方の離れをかりている。
そこには、総司のただ一人の肉親である姉のお光も一緒であった。
土方は、総司に
「よくなれよ。」
とだけ言い残すと、総司はくすりと笑ってみせた。
 
 それから、いくつかの月日が経った。
総司が養生している平五郎の樹園は家の北側に水車が動いている。
 もう医者にはかかっていない。
ときどき松本良順が門人を寄越して薬をとどけてくれるが、それすら遠のいていた。
それよりか、土方が
「これは効く。」
そう言って置いていったあやしげな結核治療薬ばかり飲んでいた。
 姉のお光は毎日のよう来てくれては、介抱してくれた。
総司の食べる姿をじっと見ていては、総司も残すわけにはいかない。
「目を離していれば、あなたはすぐ捨ててしまいますからね。」
と言っては厳しく総司を叱った。
そんなお光に総司は
「大丈夫ですよ。」
と苦笑いを浮かべていた。
 大坂から江戸へ戻る途中、近藤は総司に何かよきせぬことが起こるのではないかという不安に突如、駆られた。
江戸に帰ってから近藤は、妻のおつねにこう言ったことがあった。
「あの若さで生死といったものに悟りきった若者はそういない。」
 この時、総司は二十五歳であった。
「近藤さんたちは今頃何をされているのでしょうね。」
お光は、食事を終え、横になっていた総司の顔を覗き込むと声をかけた。
「ええ。」
呟くように総司は頷くと、目をそっと閉じた。
お光はそんな総司を見てから、そっと部屋を後にした。
 
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