自惚れ男子の取説書【完】
302号に入院していた佐藤 善次郎さん。よくある名字だからか「善次郎でいいよ」と、皺だらけの顔を更にくしゃっとさせ豪快に笑う人だった。
善次郎さんとは私が新人時代からの付き合いで、数年に渡り入退院を繰り返すのをずっと私が担当してきた。
新人の頃の私は我ながら要領が悪く、ずっと慌てて落ち着きがなかった。
「辻さん、ほらうちの部屋忘れて行ってたよ」
「俺の事なんか後でいいから。ほれ、あっちの人の所行ってやりな」
患者さんなのに看護師の私を気遣って、まるで職場にいるお父さんみたいな人だった。
善次郎さんにはずっと奥さんが付き添っていた。
厳しい治療の中、いつも穏やかにそっと寄り添っていた。そんな2人を見るのが私は好きだった。