自惚れ男子の取説書【完】
善次郎さんの癌は完治が難しく、5年に渡り再発・転移を繰り返した。手術に抗がん剤治療、ツラい副作用を奥さんと2人で乗り越えてきた。
善次郎さんたちにはひとり娘がいた。
就職の事で揉めて以来、10年近くも音信不通なのだと教えてくれたのは奥さんだった。それまで娘さんがいることすら知らず、主治医からの説明に娘さんが顔を出すことももちろんなかった。
1度善次郎さんに聞いてしまった事がある、「娘さんに会いたくないですか?」と。
「辻さん、俺に娘なんていないよ。親の言うことも聞かず、勝手に海外行っちゃうようなやつ、娘の縁切ったからな」
初めて見る厳しい表情だった。
どんなにツラい治療でもグッと歯をくいしぱり、決して弱音をはかない。そんな善次郎さんが初めて見せた、怒りやもどかしさ、悲しみに満ちた表情だった。