自惚れ男子の取説書【完】
…………ん?
どこかで聞いたテノール。かと言って、父親や弟の声じゃない。どこか色気のあるその声に、朧気だった視界が急にクリアになる。
布団を掴んでいた手から力が抜け、首だけで恐る恐る自分の右側を確認した。
普段はサイドに流している前髪ははらりと顔にかかり、大きな目を少し隠している。眉間にしわを寄せ不機嫌そうな顔は、羨ましい程キレイな肌をしていて。一体どんなお手入れしてるんだ…とまじまじ観察したくなる程だ。
そんな私の視線に気付くことなく、小田さんは規則的な呼吸を続けその整った顔を無防備にさらしていた。
「…………っ!!」
思わず叫びそうになるのを自分の手で抑え堪える。
顔だけを動かしそうっと周りを見渡す。ベッドの周りには雑然と本や書類が積み上がり、正直キレイとは言えない寝室だ。
足元にある扉の隙間からは、いつか見たモノトーンのリビングが見えていた。