フォンダンショコラなふたり
21時、静まり返ったオフィスを出た。
途中で食事をしようと思ったが、チョコレートの香りを放つ袋を下げたままどこかへ立ち寄るのははばかられた。
副社長ほどではないが、秘書課や関係先の女の子たちから毎年チョコレートが渡される。
ほとんどは義理や付き合いで渡されるものだが、若干本命らしきものも含まれている。
無愛想な僕のどこを気に入ってくれたのか、「好きです、真剣です」 と告白が書かれたメッセージカードも入っていたりするのだ。
後日丁寧に断るが、女性の告白を断る数が増えれば増えるだけ、僕の男色疑惑は増していくのだった。
22時、遅くまで営業しているホテルのデリカショップで少々の物を購入したあと、自宅のマンションに帰り着いた。
シャワーを浴びて、深夜のニュースを見る頃になり 「これから行きます」 と彼女から連絡が入った。
仕事先から、早くても30分はかかるだろうと思っていたら、15分もしないうちにインターホンが鳴った。
「霧乃です」 とはずんだ声がして、息を切らせながらも微笑む顔がモニターに映った。
23時、玄関ホールからここまでおよそ2分、時間を見計らって玄関の扉を開けて彼女を待った。
僕の顔が見えて、長い髪をなびかせながら走り出した彼女へ、「シッ」 と口に指をたて走るなと伝える。
あっ、と口元に手を当て、大げさに歩みを緩め、芝居がかった忍び足で僕のそばまで来た。
彼女の手をつかみ、玄関内に引き込みドアを閉めると、霧乃が胸に飛び込んできた。
「里久ちゃん、おまたせ」
「おつかれ」
「うぅん、疲れてない。里久ちゃんに会いたくて頑張ったから、全然ヘイキ」
「全然平気は変だよ」
「わかってる。でも、ときどき使ってみたくなるの。仕事場では絶対使えないもん」
「ふっ……」
霧乃の仕事場の顔を知っているから、なおさらこのギャップがたまらない。
僕に会う時の彼女は、年相応の姿を見せてくれる。
長い髪は大きくカールして、くっきり描かれたアイラインが僕の心をくすぐってくる。
ロングブーツにミニスカート、少しだけ見える足は健康的で、手には大きなバッグが下げられている。
服装も、化粧も、言葉もしぐさも、リアルな彼女そのものだ。
「あーっ、笑った。どうせ子どもじみてるって、思ってるんでしょう」
「思ってないよ」
「思ってる、絶対思ってる。里久ちゃん、私をいじめて楽しんでる顔をしてる。
急いできたのに、もぉ」
不機嫌に膨らませた頬を両手で包み、不満を並べる唇をふさいだ。
意地になって閉じようとする口をこじ開け、舌先をすべり込ませる。
ひとたび僕を受け入れた口は、抵抗したことなど忘れたように、やがてとろけるような柔らかさになっていく。
こんなキスができるようになったのか……
霧乃の背中を抱きながら、いつのまにか手ごたえのある女性になったものだと思った。