フォンダンショコラなふたり 


仕事柄、接待の席に同行することも多い。

交渉相手と酒を酌み交わし、互いの胸の内を語り合う。

いつの時代も大事な席は、そのようにして設けられてきた。

酒が強い者にはよいが、そうでない場合、飲酒はストレスを伴う。

近衛副社長もそんな一人で、全くと言っていいほどアルコールを受け付けない体質だ。

宴席でスムーズに事を運び、出来るならこちら側が有利に立ちたいと誰しも願うもの。

そうなるには接待先の協力が必要となる。

今宵の席は 『割烹 筧』、近衛HDと古くから付き合いのある割烹である。

近衛副社長の意向を伝え、会食の段取りを整えるのも僕の仕事のひとつだ。


『割烹 筧』 は、格式ある店である。

財界、政界の重鎮が会合をひらき、あるいは接待の場として用い、国政を、または、経済の指針が議論され決まってきた。

ここで、どれほどの重要事項が話し合われたことか。

大女将はそれらを見てきた人である。

『割烹 筧』 と近衛との付き合いは、先々代からと聞いている。

長年の付き合いがあればこそ、無理もきくと言うもの。

今宵の席には、大女将が顔を見せていた。

半ば引退している大女将であるが、特に大事な席には姿を見せ、双方の仲を取りもつ役割を務めてくれるのだ。

この席には若女将も従え、気合は充分だ。


大女将が自分の後継者として仕込んでいる若女将は、表に出るようになってからまだ日が浅い。

しかしながら、大女将譲りの度胸と行き届いたもてなしで、早くも若女将を目当てに通う客も少なくないと聞いている。

今宵は大女将のおかげで話もはずみ、確かな手応えがあったことに、副社長も満足な様子である。

若女将の活躍も忘れてはならない。



「大女将もそろそろ引退ですか。若女将がいるんだ、考えてもいいでしょう」


「おほほ、さようでございますね。

若女将に、もう少し貫禄がつきましたら引退を考えましょう」


「貫録は充分だよ。大女将の仕込みはたいしたものだ」


「ありがとうございます」



大女将、若女将が、そろって頭を下げた。

祖母と孫であるふたりだが、身内の気安さはみられず、むしろ厳しい師弟関係のようである。



「いやいや、まだまだ引退は早いですよ。もっとお話をうかがいたい」


「近衛様、恐れ入ります」



席は和やかにすすみ、流れは近衛の方へ傾いている。

ここでもうひと押しすれば……

次の席も用意いたしましょうかと、副社長に耳打ちした。


< 16 / 24 >

この作品をシェア

pagetop