フォンダンショコラなふたり
仕事柄、接待の席に同行することも多い。
交渉相手と酒を酌み交わし、互いの胸の内を語り合う。
いつの時代も大事な席は、そのようにして設けられてきた。
酒が強い者にはよいが、そうでない場合、飲酒はストレスを伴う。
近衛副社長もそんな一人で、全くと言っていいほどアルコールを受け付けない体質だ。
宴席でスムーズに事を運び、出来るならこちら側が有利に立ちたいと誰しも願うもの。
そうなるには接待先の協力が必要となる。
今宵の席は 『割烹 筧』、近衛HDと古くから付き合いのある割烹である。
近衛副社長の意向を伝え、会食の段取りを整えるのも僕の仕事のひとつだ。
『割烹 筧』 は、格式ある店である。
財界、政界の重鎮が会合をひらき、あるいは接待の場として用い、国政を、または、経済の指針が議論され決まってきた。
ここで、どれほどの重要事項が話し合われたことか。
大女将はそれらを見てきた人である。
『割烹 筧』 と近衛との付き合いは、先々代からと聞いている。
長年の付き合いがあればこそ、無理もきくと言うもの。
今宵の席には、大女将が顔を見せていた。
半ば引退している大女将であるが、特に大事な席には姿を見せ、双方の仲を取りもつ役割を務めてくれるのだ。
この席には若女将も従え、気合は充分だ。
大女将が自分の後継者として仕込んでいる若女将は、表に出るようになってからまだ日が浅い。
しかしながら、大女将譲りの度胸と行き届いたもてなしで、早くも若女将を目当てに通う客も少なくないと聞いている。
今宵は大女将のおかげで話もはずみ、確かな手応えがあったことに、副社長も満足な様子である。
若女将の活躍も忘れてはならない。
「大女将もそろそろ引退ですか。若女将がいるんだ、考えてもいいでしょう」
「おほほ、さようでございますね。
若女将に、もう少し貫禄がつきましたら引退を考えましょう」
「貫録は充分だよ。大女将の仕込みはたいしたものだ」
「ありがとうございます」
大女将、若女将が、そろって頭を下げた。
祖母と孫であるふたりだが、身内の気安さはみられず、むしろ厳しい師弟関係のようである。
「いやいや、まだまだ引退は早いですよ。もっとお話をうかがいたい」
「近衛様、恐れ入ります」
席は和やかにすすみ、流れは近衛の方へ傾いている。
ここでもうひと押しすれば……
次の席も用意いたしましょうかと、副社長に耳打ちした。