フォンダンショコラなふたり
小さくうなずき、にこやかではあるが余裕のある声で相手に話を持ちかける。
こんな時の近衛副社長は実に頼もしい。
「もう一度お話をうかがえないでしょうか」
「そうですね、ぜひ」
副社長が僕に目くばせした。
若女将ににじり寄り、来週の予約を伝えると、目を見て承知いたしましたと、きっぱりした返事があった。
副社長が所用で席を立つと、相手は気が緩んだのか、急にくだけたことを言いだした。
「その目、いいねぇ。ゾクッとする。若女将も色っぽくなってきたじゃないか」
「まぁ、おっしゃいますこと。まだまだでございますよ」
大女将の牽制に、相手はそれ以上は言葉をはさまない。
ゾクッとするとは、あまりよい表現ではない。
そんな目で見るなと言ってしまいたい衝動を、どうにかこらえ平静を保つ。
仕事の相手でなければ、なんとかしたものを。
「そうだ、明日はホワイトデーじゃないか。若女将、食事でもどうかね。
このあいだのチョコレートの礼だ、気にすることはない」
「申し訳ございません」
「ははっ、断るのは早いじゃないか。さては予定でもあるのかな」
「いえ……」
「霧乃は、まだ修行の身でございますので」
「大女将は厳しすぎる、若い子はもう少し遊ばせなくては」
「いいえ、いまが大事なときでございます。私の目が黒いうちは勝手はさせません」
「おぉ、怖いな。若女将、しっかりな」
「ありがとうございます」
僕のことなど目にも入らぬ様子で、霧乃は深く頭を下げた。
僕たちの交際を知っているのは、彼女の祖母であり、筧の大女将その人だけ。
『割烹 筧』 若女将 筧霧乃、僕の恋人はまだ修行の身だ。