フォンダンショコラなふたり
湊すみれの恋愛観 (近衛HD常務秘書)
「ねぇ、見てみて、きれい」
「あぁ、見たみた」
「もぉ、勅使河原、ちゃんと見て!」
「俺が見たってわからないよ。けど、よかったな」
「うん」
勅使河原礼音 (てしがわら れおん) は、同期の同僚で、恋人で、半同居人。
この男に私の想いが届くまで三年かかった。
三年分の罪滅ぼしをさせて、付き合いをはじめることになった。
仕事はできるけれど、恋愛に関しては鈍感で、女の扱いにも不慣れな男だったが、ひとたび思いを向けたら一途だった。
気が付くと、私を愛してやまない男になっていた。
毎週末、どちらかの部屋に泊まっていたが 「湊の部屋の方が会社に近いな」 と勅使河原に言われ、
「じゃぁ、このまま泊まって、明日ここから会社にいけば?」
と言ってしまったのが運のつき、毎週のようにウチにやってくるようになった。
勅使河原の部屋は、荷物置き場と化しつつある。
私たちは秘書課に勤務している。
勅使河原は近衛副社長の秘書、私は常務秘書、仕事柄顔を合わせることも多い。
先日、副社長の招きで 『ダイヤクルーズ』 に出かけた。
ダイヤモンドに囲まれて、夢見心地の一日……のはずが、トラブルが発生して大変な騒動になった。
副社長はトラブルを見越して、私と勅使河原を呼んだのだと後で聞かされた。
後日、別席が設けられ、副社長の奥様からバッグとネックレスをいただいた。
勅使河原は 「迷惑料だろう」 というけれど、私は迷惑だったと思っていない。
私たちを見込んでくださったということ、こんな嬉しいことはない。
「新作ですって。国内未発表のデザインみたい。すみれさんとおそろいよ」
副社長の奥様は私が遠慮しないように、このような言葉を添えてくださった。
短い髪からシャープな顎のラインがのびて、怜悧な横顔に惚れ惚れする。
私の憧れの女性だ。
その方に 「すみれさん」 と呼ばれて、断ることはできない。
なにより、奥様の心遣いが嬉しかった。
「副社長の奥様、素敵な方ね」
「また言ってる」
「だって、本当だもん。勅使河原もそう思うでしょう?」
「思うよ。あのさぁ」
「うん?」
「その、勅使河原っての、なんとかならないか」
「なんとかって、苗字は変えられないのよ、どうしようもないじゃない」
「そうじゃなくて、いつまで苗字で呼ぶんだよ」
はぁ?
礼音と呼ばれたくないと言ったのは誰?
いまさら 「れおん」 って呼べるわけないじゃない。
恥ずかしいし……とは本人に言えない。
「そっちだって、湊って呼んでるじゃない」
「そっ、それは、その、会社で間違って呼びそうだから……だから」
「じゃぁ、私も同じ」
「じゃぁってなんだよ。真似するなよ」
「勅使河原って呼びやすいの。もう慣れちゃったし」
「結婚してまで呼ぶつもりかよ」
「えっ?」
私の聞き間違い?
結婚って、いま、結婚って言った?
「あのさぁ、いつプロポーズしてくれたのかな。
記憶にないんだけど……」
「だから、いまだよ……」
「はぁ? ついでみたいに言わないでよ!」
「ちゃんと言えばいいのか?」
「そういう問題じゃない」
「どういう問題だよ」
「なんとなく一緒に暮らして、だから結婚って、そういうのが嫌なの」
「じゃぁ、どうすればいいんだよ。最初っからやり直すのか? 面倒くせえ」
はあ?
面倒くせえって、何様のつもり?
もう頭にきた。
「面倒って、今、そう言ったよね」
「いや、言ってない……」
「言った、絶対いった」
「そんなこと、どうでもいいだろう。で、どうなんだよ、返事、聞かせろよ」
「お断りします」
「えっ……」
「どうでもいい結婚なんて、したくない」
勅使河原の顔が、後悔でだんだん曇っていく。
売られた喧嘩を買うのはいつものこと、それが今日は人生に関係することだったから厄介だ。
はぁ、どうしていつもこうなるんだろう。
今日は私から謝ろう。
「ごめん、いいすぎた」
「俺も……ごめん」
「返事、もう少し待って」
「うん」
「わたし……もう少し勅使河原と恋愛していたいの」
沈んだ顔が、途端に明るくなった。
肩を抱かれてキスをする頃、私は人生初のプロポーズを断ったことも忘れていた。
二度目、三度目のプロポーズが待ち受けているとも知らずに、勅使河原の優しいキスを受け続けた。