フォンダンショコラなふたり
筧霧乃の憂鬱 (『割烹 筧』 若女将)
「里久ちゃん、ごめんなさい」
「いきなりなんだよ。どうした」
「本当にごめん」
「だから、なんだって」
「あのね、里久ちゃんをゲイにしちゃった」
「僕がゲイだって?」
呆れた顔が私を覗き込む。
どういうことか、話してもらおうかって……
里久ちゃんのその顔、怖いんですけど……
「久我様のお嬢様が、あのね」
「久我の? 花蓮さんか」
「だって、堂本さん、お付き合いしている方、いらっしゃるのかしら、なんて言い出すから」
里久ちゃんの顔色が変わった。
わぁ、この目、怒ってる。
「で、霧乃、なんて言ったんだ」
「だから、その、男の方と一緒にいるのを見たって……」
「僕が男といたって?」
「うん……」
「はぁ……仕方ないな」
「許してくれるの?」
おいでと言われて、里久ちゃんの膝に乗った。
私の髪をぐしゃっとかきまぜ、乱暴にかきあげる。
髪に隠れていたうなじがさらされ、身震いしそう。
肩をすくめると、里久ちゃんの唇が近づいてきた。
うなじから耳に唇が流れていく。
「霧乃」
「はい」
「また、沖縄の桜を見に行こう」
「本当? でも、お仕事、大丈夫なの?」
「無理にでもあけるよ。きっと霧乃を連れて行く」
「うん……」
新春、早咲きの沖縄の桜をふたりで見に行った。
また連れて行ってくれるのね。
里久ちゃんが嘘を言ったことはない、行くと言ったら行く。
近衛ホールディングス副社長秘書 堂本里久は、誰もが認める仕事熱心な男。
彼は、私と沖縄の赤い桜を見にいくために、懸命に仕事に励むのだろう。
私も頑張るね、そういうつもりだったのに、彼の指に阻止された。
「霧乃は僕でいいの?」
無言でうなずいた。
「僕は霧乃だけを見ているから」
めったに口にしない甘い言葉は、私をとろけさせた。
目を閉じて、冬の桜を思った。