フォンダンショコラなふたり
円城寺充の理想 (近衛副社長付)
コーヒーのまずさに思わず顔をしかめた。
豆の焙煎にこだわり、ライトローストがどうだと説明されたが、深みもなにもない。
目の前の相手から 「苦すぎましたか?」 と見当はずれなことを聞かれ、「そんなことありませんよ」 と無理な笑いで返しながら、昨日の楽しかった会話を思い出していた。
「いい香り、ハワイのコナコーヒーですね」
「香りでわかるんですか。さすがだな、湊さん、紅茶のスペシャリストだから……」
「コーヒーは苦手だと思ってた? 紅茶ほど詳しくないけれど、コーヒーも好きですよ」
そういうと、秘書課の先輩、湊さんはにこやかにほほ笑んだ。
一生懸命説明しても 「コーヒーはわかりません」 と素っ気ない返事の久我花蓮さんとは大違いだ。
僕がこだわって淹れたコーヒーを無表情で口に運び、美味しくなさそうな顔なのに、口先だけ 「ご馳走様でした」 と伝えてきた。
たとえ勧められても、あのような女性はお断りだな。
もっとも、久我財閥の令嬢と僕の間に縁談が持ち上がることはないだろうから、そんな心配は無用だが。
願うなら……副社長のお供で出かけた先の会議場で出会った、担当者のような女性がいい。
受付嬢の作った笑みではなく、優しさがにじみ出る笑顔を向けてくれた彼女は、僕が置き忘れた書類を走って取りに行ってくれた。
本当なら書類を忘れた僕が悪いのに、忘れ物に気が付かず申し訳ありませんと頭を下げた。
それが嫌味でなく、むしろ清々しい感じがした。
次に訪問したとき、改めて礼を伝えるために、プレートの 「山田果梨 YAMADA KARIN」 の名前をしっかり確認し覚えた。
先輩秘書の湊さんは、須藤先輩と重なる部分がある。
いまは副社長夫人となり手の届かない人となってしまったが、須藤先輩は僕の理想の女性だ。
湊さんも山田さんと同じくらい気になる人で、個人的に食事に誘ったことがある。
その時の断りの返事が、
「せっかくのお誘いなのに、ごめんなさい。友人から大きな犬を預かっているの」
餌を与えなければならないから、急いで帰らなければならないのだと言われた。
マンション住まいで大きな犬を預かるなんて、断る口実に決まってる。
けれど、断り方が彼女らしいというか、好感が持てた。
そのとき、そばを通りかかった勅使河原さんが、僕らのやりとりを聞いていたのか大きな咳ばらいをした。
応援団出身で硬派の勅使河原さんには、秘書課の女性を食事に誘う僕が軽く見えたのかもしれない。
そういえば、勅使河原さんはいかつい大型犬に見えなくもない。
ふと、湊さんの部屋で頭をなでられながら、嬉しそうに餌をもらっている勅使河原さんの姿が頭に浮かんだ。
そんなことを思い出し、思わず吹き出してしまった。
「あの……私、おかしなことを申しましたでしょうか」
「あっ、すみません、思い出し笑いをしたので……」
ここが見合いの席であることを失念していた。
コーヒーのまずさと面白みのない相手との会話にあきあきしていたが、とにかく会話を進めなくてはならない。
近衛ホールディングスや久我グループほどではないが、多方面の事業を展開している企業の社長である父の跡を継ぐために、いずれ経営に参加しなければならない。
結婚もそのための準備で、見合いも日常化している。
家庭環境も知らない相手と恋愛することは危険極まりないそうで、円城寺家の嫁にふさわしい女性とみなされた人と会わされ、僕が気に入ったら縁談がまとまることになる。
いまだ理想の女性には巡り合えず見合いも断ってばかりだが、僕が首を縦に振るまで縁談は持ち込まれる。
円城寺家の長男として体面を保つのも楽ではない。
名前の字も思い出せない彼女の釣書を懸命に思いうかべ、趣味は料理だったと思い出した。
「エマさんは、料理がお得意とお聞きしましたが」
「よくぞ聞いてくださいました。お嬢様は、マレーシア料理のお教室に……」
彼女に聞いたのに、答えはじめたのは付添いの某夫人だった。