フォンダンショコラなふたり 

ウインターバケーション (副社長秘書 堂本里久の冬休暇)



仕事納めから昨日まで出勤し、晦日から休暇に入った。

年末年始、帰省や旅行で長く休みたい同僚たちに感謝されながら、晦日まで仕事をこなす。

ボスは交代で休暇を取るように勧めてくれるが、毎年僕が 「留守番」 を引き受けている。

年末出勤を一手に引き受ける理由は、年内の休暇を必要としないためで、ほかの時期にまとめて休暇を取得している。

進学で家を出てからというもの、正月の帰省は避けてきた。

正月前後は実家の宿屋稼業の繁忙期でもあり、家族とゆっくり正月を過ごした記憶はない。

新年を一緒に迎える恋人、筧霧乃の休みは大晦日から、それまで僕に休暇は必要ない。


割烹の若女将の年末は忙しい。

けれど、その時期を過ぎてしまえば年明けまでゆっくりできる。

『割烹 筧』 は、大晦日から新年4日まで休みにはいる。



「おせちをお渡ししたら、今年の仕事は終わり。待っててね」



昨夜、弾むような声で霧乃から電話があった。

『割烹 筧』 のお節料理は、老舗割烹の味として人気が高い。

数量限定で注文を受けるが、それでもかなりの数を納めるそうだ。

30日が引き渡し日で、霧乃の仕事納めとなる。



「寝台特急に乗ってみたいな。

寝台車でゆっくり過ごすの、素敵だと思わない?」



冬休暇の予定は、霧乃のこんな声からはじまった。

北へ走る寝台車は予約が困難な特急であるが、仕事のつてでスイートの切符を確保した。

けれど、手に入ったのは帰りのチケットだけ、



「じゃぁ、行きは高速バスにしましょう」



と、これも霧乃のリクエストである。

行先は東北の僕の母の実家、そこで大晦日と元旦を過ごして、寝台特急で帰京することになった。

体調を崩した祖母の見舞いが、今回の旅の目的である。

僕の将来を案じる祖母を安心させるために、霧乃を連れて行くことになったのだ。

母の実家も旅館で、常連客がほとんどの古い宿である。



「最近の高速バスってすごいのよ。ほとんど個室で、飛行機のファーストクラスと同じシートのバスもあるみたい。

行きはファーストクラス気分の高速バス、帰りは寝台のスイート、楽しみ」 



僕の親戚に会う緊張感もあるだろうに、そんなそぶりは見せず、霧乃からは旅を楽しむ言葉ばかりが出てくる。

両親にも恋人の存在は明らかにしていない。

いつかは霧乃を両親に紹介して将来を考える、そんな日がやってくるだろうと思っているが、いまはまだ考えていない。


晦日の街は車も人も少なくなったが、高速バスの停留所は帰省客でにぎわっていた。

バス停で待つ僕のもとに霧乃が駆け足でやってきたのは、最終バスの出発まで30分という頃だった。

クリスマス前に一緒に選んだ新しいコートをはおり、手には小ぶりなボストンバッグがさげられていた。



「バスの音って眠くなるのかな」



シートに座り僕の手を握りしめ目を閉じた霧乃は、大晦日の朝、目的地につくまでまでぐっすり眠っていた。

高速バスを降りて祖母が待つ家に直行すると、大変な事態が待っていた。

宿の女将である叔母はインフルエンザで寝込み、従業員二人も昨日から休んでいるとのこと。

急なことで代わりの仲居は見つからず、それでも予約の常連客は次々と到着して対応しなければならない。

とにかく人手が足りず、体調がすぐれない祖母まで動員して右往左往の最中に、僕らが到着したのだった。

そんな状態を目の当たりにして霧乃がじっとしているはずがない。



「お手伝いさせてください」



迷わず手をあげた霧乃は、それから大晦日、元旦と、張り切って働いた。

僕をひとりにして申し訳ないと言いながらも、実に楽しそうに働き、ついには宿の主人である叔父からこんな言葉が飛び出した。



「ウチの息子と結婚して、若女将になってくれないか」



冗談じゃない、こんなところに連れてくるんじゃなかった。



「主人も本気じゃないのよ。里久君、ごめんなさいね。

霧乃さん、本当にお世話になりました。ぜひ、またいらしてね」



帰る頃になり体調が回復した女将である叔母から、こういわれたが、僕の気分はおさまらない。

従兄弟が、霧乃を満更でもない顔で見ていたことにも気がついていた。

正月二日、夕方まで滞在する予定を切り上げて早めに宿をでた。

あわただしい滞在だったが、霧乃のおかげで祖母のそばにいられたことは幸いだった。





「わぁ、ステキ……夜行バスは暗くて何も見えなかったけど、電車はいいわね」


「よくいうよ、バスはずっと寝てたじゃないか」


「そんなことない。時々目を覚まして、外を見ていたのよ」


「ふぅん……どこをみた?」


「どこって、夜の街とか、夜景とか」



懸命にごまかす霧乃の頬を両手ではさんだ。



「霧乃は、本当に働くことが好きなんだね。旅館の女将も、向いてるかもしれないよ」


「だって、見ていられなかったの……里久ちゃん、そんなこと言わないで」



面倒見がよく、困った人をほうっておけない霧乃の性格は、誰よりもわかっているつもりだ。

なのに、ついに嫌味を口にしてしまうのは、彼女を独り占めしたいから。

大人げない言動だとわかっているけれど、つい意地悪をしてしまいたくなる。



「里久ちゃん、本当にごめんなさい」


「いいよ」


「本当に?」


「あぁ……」



寝台特急のスイートに並んで腰掛け、車窓から外の風景を見る。

東京までの半日、ふたりだけの空間を邪魔するものはいない。

霧乃の肩を引き寄せて頬を重ねた。



「里久ちゃん、大好き」


「うん……」


「それじゃイヤ、ちゃんと言って」



怒ったように訴える霧乃の唇に、挑むようなキスを贈った。

愛してるよ、と言うように……

休暇はあと二日、霧乃とどうやって過ごそう。

目を閉じる間際、冬枯れの山々の風景が素早く通り過ぎていった。


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