フォンダンショコラなふたり
「勅使河原玲音、素敵な名前じゃないの。うらやましい」
「うらやましいなら、湊にやる」
「ばっかじゃないの? 名前をもらえるわけないじゃない。
私だって ”すみれ” なんて女の子女の子した名前で、自分とのギャップで苦労してるのよ。
でもね、名前を誰かにあげようなんて思ったことはない。粗末にしちゃいけないの。
そんなこともわからないの?」
俺を怒るのは彼女だけだ。
そして、彼女の本当の姿を知っているのも、社内ではおそらく俺だけだろう。
三年前、湊は仕事上のトラブルで悩みを抱えていた。
厄介なことにトラブルの相手は湊が一時期交際していた相手だった。
仕事のミスを改善するだけで済んだものを、相手の男は見栄を張って自分が湊のミスを指摘したのだと吹聴した。
付き合ったこともあるから彼女のことはよく知っているんだ、と言わなくてもいいことまで口にした。
当時、湊と同じ部署にいた俺は、泣きながら悔しいと叫ぶ彼女を慰めるために一晩付き合い、彼女は胸にしまいこんだ思いを洗いざらい吐き出して、俺はそれを全部聞いてやった。
同期にはほかの同僚にはない絆と親密さがある。
その日の俺たちは、同僚の絆に男女の親密さが加わっていた。
どちらも成り行きでそうなるような軽いところはなかったはずなのに、語りあかし飲み明かしたあと、ひとつのベッドにもぐりこんだ。
しなやかな肢体を絡ませ、俺の背中を両手できつく抱きながら 「玲音……」 と呼んだ湊の声はひどくなまめかしかった。
恋人になってもおかしくない時を過ごしたというのに、俺たちは何事もなかった顔で接することを選んだ。
バレンタインデーには湊からもチョコレートをもらうが、どこをどうみても特別とは言い難い小さな箱だ。
渡さないと格好がつかないからとでも言うように、素っ気なくくれる。
「同期だろう、少しは差をつけろよ」
「はぁ? 贅沢をいうんじゃないの。勅使河原にはそれで充分」
この三年繰り返される会話も同じ、チョコレート色の包みと箱の形も同じ。
湊とベッドで迎えた朝は幻だったのではないかと、この頃は思えるのだ。