フォンダンショコラなふたり
まさかメッセージカードとか入っていなかっただろうな、本命らしい豪華な包みは一個もなかったから大丈夫だよな。
一瞬浮かんだ不安を勢いよく消し去った。
「どうみてもその他大勢向けの品だ、佐倉のような高級品はないよ」
「そうでもないと思う」
「はぁ?」
「これ、開けてみろよ。本気っぽい」
「どこが本気っぽいんだよ」
佐倉が示したのは、湊すみれがくれた物だった。
かなり細見の長方形のそれは、他の箱にも見劣りする小ささだ。
忘れずに用意してくれるのは嬉しいが、同期の付き合いで渡すにしても小さすぎるだろうと文句を言うと、勅使河原にはペンシルチョコで十分だと言い返し、「ありがたく食べなさいよ」 と付け加えて置いていくのだった。
「開けなくてもわかってる、中身はペンシルチョコだ。
渡した本人がそういうから間違いない。毎年毎年、芸がないよな、まったく」
「そうかな、ペンシルチョコにこんな包装はしないよ。これはプロが包んだものだ。
ペンシルチョコじゃないと思う」
「じゃぁ、プロに頼んで包んでもらったんだろう。
小さいから、包装で豪華に見せようとしたんだ」
「大きさは関係ない。小さくて気の利いた物ほど本気で選んだ物だから。
いいから開けてみろ」
佐倉があまりにも熱心に勧めるので、しぶしぶ手に取り包みを開けたのだが、中身を見て息をのんだ。
チョコレート色の包装紙に包まれた箱から出てきたのは、有名ブランドのボールペンだった。
いつだったか、よくボールペンを紛失する俺を見て、良い物を持つとなくさないのだと湊が言ったことがあった。
なるほどと思いながら、ボールペンごときに金をかけるつもりはない、おまえがくれるなら使ってやってもいいがと言った記憶がある。
あれを覚えていたのかと驚いたが、さらに驚かされたのは、箱の上にメッセージがあったことだ。
『もう一度、あなたと朝まですごしたい 湊すみれ』
湊すみれは活発で気風がいい。
目鼻立ちがはっきりした、いわゆる美人の部類にはいるのだろうが、ざばざばして男にも対等に話しかけてくる、いわゆる男前の女だ。
俺を勅使河原と呼び捨てにするのも、同期の女たちのなかで湊だけだった。
彼女と朝まで過ごしたことがあるのかと佐倉に問われ、三年前の出来事を話した。
ボールペンのやり取りも含めて。
「湊さん、毎年同じものをくれたんだろう?」
「うん……」
「おまえ、バレンタインに彼女からもらっても、一度も開けてないだろう」
こんなちっちゃいのを寄こすなんてと、湊に多少腹を立てていた。
ペンシルチョコだと信じて疑わなかった。
だから開けようとも思わなかった。
なんてことだ……
「玲音、なんとか言えよ。開けたのか、開けなかったのか、どっちなんだよ!」
「開けてない」
「捨てたのか」
「ペンシルチョコだと思ったから……姪っ子にやった」
「馬鹿か!」
佐倉の応援団で鍛えた声が部屋中に響いた。
殴られたと同じくらい、佐倉の怒鳴り声は衝撃があった。