フォンダンショコラなふたり
バレンタインデーの翌日、湊は必ずこう聞いてきた 「ペンシルチョコ、食べた?」 と。
「食った、腹の足しにもならん」 と俺は返していた。
湊は笑っていたが、俺の返事をどんな思いで聞いていたのだろう。
「馬鹿だよ、俺は……」
「大馬鹿だ、女の子に三度も告白させたんだからな」
「あぁーっ!」
頭をかきむしりながら、佐倉の怒鳴り声に負けないくらい大きな声で叫んだ。
後悔が次々と押し寄せ言葉にならない声を発していたが、悔やんでばかりもいられない。
湊すみれに謝る言葉を探し始めた。
「これからどうしたらいいのか、わかってるな」
「誠心誠意、謝る」
「バカやろう!」
ふたたび佐倉に怒鳴られた。
「謝るより、彼女の今夜の予定を聞く方が先だろう!」
あまりの大声に、料理を運んできたアルバイトの子が入口で引き返した。
今夜の予定と言われ、今日の湊の服を思い出した。
どことなく決めた感じの服だった、今夜どこかに出かける約束でもあるんだろうと思った。
湊が俺からの誘いを待っていたのだとしたら……
「玲音、今夜はこれから予定があるだろう。誘って悪かったな」
ほかの子からもらったチョコとか、持っていったらヒンシュクものだぞと言いながら、俺から袋をひったくった佐倉は、先に帰るからなと立ち上がった。
「転職することにした」
「報告って、それだったのか。待てよ、転職ってどこに」
「話の続きは、またにしよう」
頑張れよと俺の肩をたたいて、佐倉は帰って行った。
引き返していったアルバイトの子を呼び、今夜はキャンセルするが代金は支払うよと言うと、お帰りになられたお客様にお支払いただきましたと返事があった。
気が利く佐倉に感心しながら、全く余裕のない自分がふがいない。
ここで落ち込んでる場合じゃない、行動あるのみだ。
湊は電話に出てくれるだろうか、やはり先に謝った方がいいだろうか。
上質な輝きを放つボールペンを見ながらしばらく考えて、気持ちを決めた。
『俺だけど』
『どうしたの?』
どことなく湊の声が震えていた。
『ペンシルチョコの礼を言ってなかったから』
『別によかったのに……』
ペンシルチョコと聞いてがっかりしたのだろう、落胆した声だった。
『ありがとう……湊』
『やだ、あんなチョコでお礼なんて言わないでよ』
『いまどこにいる』
『いま? 駅よ。帰るところ』
『予定を変更してくれないか』
『えっ……』
『朝まで付き合ってくれ』
『……箱、開けたんだ……』
そう言ったきり声が聞こえなくなった。
電話を切った様子はないから、次の言葉を考えているのだろう。
苦しいまでの沈黙だったが、今まで湊が待った時間に比べればなんてことはない。
『勅使河原、私に三日間付き合って』
『三回分、付き合えってことか』
『そうよ』
『わかった、三日間家に帰らなくてもいいんだな?』
『うん』
金曜日の今日から、明日、明後日と俺たちはずっと一緒に過ごすことになる。
湊からの三回分のメッセージに応えるため、三日間片時も離れずふたりで朝を迎え、月曜日の朝はホテルから出勤し、俺と湊のコンディショナーの匂いが同じだと勘づいた課の女の子のおしゃべりから、社内にふたりの噂が広がるのだが……
そんな大事になるとはこの時は思いもせず、湊すみれに会うために雪が舞う街へと飛び出した。