冷たい彼-初恋が終わるとき-
あの娘みたいに笑えたら

蓮side






保健室で美少年と鉢合わせした。
乱れた服に呆れる。



「久しぶり」



焦ることもなくしれっと服を整える芽生。
先程出てきた女の保険医が俺を見て焦ったのはそのせいか。

この学校に、落合芽生がこう言うやつだと知るやつはどれぐらいいるんだろう。
知る人間=喰われた女の数だ。



「…お前、節度無さすぎだろ」

「蓮に言われたくないけどね」



教師にまで手を出すやつに言われたくねえ。
舌打ちすると芽生は薄く笑った。

芽生の言う通り"久しぶり"だ。
俺が二人を避け始めてから芽生とも自然と関わらなくなった。我関せずだからこそ、今、俺とまるで何事もなかったかのように話している。芽生が俺に近寄らなかったのも、乙樹が、日莉が、俺と関わらないからだ。
ただそれだけ。



「蓮はお人好しだよね」

「…俺を責めてえのか、哀れんでるのかどっちだよ」



目を逸らして誤魔化された。



「…お前がこうなることを望んだんじゃねーのかよ。邪魔者が居なくなってお前の大好きな二人は今頃仲良くやってるはずだ」



哀れんでるのか、二人を傷付けた俺を責めてるのか。

芽生が嗾けなければ俺は日莉の背中を押さなかったのは間違いない。



「うん、二人がくっつくのに蓮は邪魔だと思ってたよ」

「…だろうな」

「僕のせいでもあるし大目に見てたけど、未練たらたらで二人に八つ当たりしたのは許せないかな」



ネクタイを結ぶ芽生はしれっと「だから早く乙樹と仲直りしてね」と言いやがった。



「乙樹、呼び出しといたから。あと数分くらいすれば来るんじゃないのかな?」

「…は?」

「乙樹も日莉もそろそろウザったくなってきたんだよね」



蓮の事ばっかり気にして、辺りにキノコ生やしてるんだよ。なんて抑揚のない声で言う芽生は唖然とする俺に見向きもしない。
コイツはいつも、こうだ。



「…勝手はことしてんじゃねえよ」



どうせ乙樹のためだ。



「変な意地を張るの止めれば?もうとっくに頭冷えてるんでしょ?」



   ーー癪だが芽生の言う通りだった。
時間だけが過ぎて、後悔した。
心のうちだけに留めて置けば良かった思いを、感情に任せて爆発させたことを。
日が経つにつれて、気まずくなった。
謝るタイミングを逃して。

凄む俺を諸ともせずにベッドから立ちあがると、芽生は針時計を目にした。
通りすぎるとき肩に手を置かれ、真っ直ぐこちらを射る黒い瞳に吸い込まれそうになる。
時刻は15時25分。



「乙樹も日莉も。もちろん蓮も、僕の大切な幼なじみだよ」



ーー何も、言えなかった。



















芽生の言う通り、5分後に乙樹をやってきた。
アイツはきっと俺が呼び出したことにしたんだろう。
俺を見る乙樹の目がどこか脅え、緊張を纏っていた。

確かに俺も謝罪したいとは思ったが、二人っきりにされても気まずい。あー、と言葉を濁してれば、何故か乙樹は意を決したように勢いよく頭を下げてきた。は?

謝らねえといけねえのは俺の方だろうが。



「ごめん!俺、蓮の気持ち考えてなかった!蓮にとって日莉はずっと妹みたいに大切にしてきた女の子だったのに!でも俺、何も考えずに、日莉と付き合えたことに浮かれて、蓮の気持ち無視してた。お前が怒るのも無理ねえよな…」



頭を下げたままの乙樹には見えないだろう。
滑稽な俺の顔なんて。



「ごめんな。本当に、ごめん」



呆気に取られてコイツが何を言ってるのか理解できるまで時間が掛かった。

コイツはただ、俺が"妹みたいな日莉"を奪われたことにショックを受けてると勘違いしてるらしい。



「蓮?」



何も言わない俺に不安になったのか、乙樹は恐る恐る顔を上げた。どちらにせよ、俺のせいだっつうのにコイツがそんな顔してることに、苛立った。



「…お前が謝るな。俺が悪かった」

「な、何言ってるんだよ!蓮の気持ちを考えてなかった俺のせいだ!」

「違う。正直あれはただの八つ当たりだった。悪い」

「そんなの、当たり前だろ?日莉と蓮は小さいときからずっと一緒にいて、割って入ったのは俺なんだよ。蓮と日莉は本当の兄妹みたいに仲良かったのに俺のせいで……」



守ってきた妹を奪われたら誰だって怒る。
そう罪悪感に満ちた顔で呟く乙樹に、一瞬躊躇った。
何でコイツがこんなに謝るんだろうか。
俺のエゴでできた距離を必死に縮めようとしている。

そう言えば乙樹はいつもそうだ。
誰かのために、一生懸命になる。
それが大切な奴なら尚更。
いつも笑顔で周りを明るく照らす男。
それが小田切乙樹だった。
きっと日莉は乙樹のこう言うところに惚れたんだろう。



「…ああ、日莉は俺の妹みたいなやつだ」



だから幸せにしてやれ。
そう言う俺は笑えていただろうか。







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