冷たい彼-初恋が終わるとき-
傷を隠すように抱き締めて

蓮side






角から顔を半分だけ覗かせて俺を見る男。
だが目を合わせれば慌てて逸らされる。
傍にはニコニコ笑って手を振ってくる女。
男と違って隠れようとはしない。
そいつ等は俺の幼なじみ。

そして、恋人同士のふたり。



「よ、よお、蓮」

「…ああ」



一言二言、日莉に声を掛けてからこちらにやってくる乙樹はどこかぎこちない。

俺はコイツ等を掲示板の前に置いてきたはずだが、何故3階に先回りしてるんだ。
溜め息を付きたくなるのをグッと堪える。



「蓮は2組かぁ。離れたな」

「…お前は5組だろ?あと日莉も」

「え!?あ、ああ、まあ、日莉も同じクラス、だった…」



わざと日莉の名前を出せばあからさまに狼狽えた。
日莉と乙樹の関係に新しく名前が付いた日から、乙樹はよそよそしい。いや、俺が避けているせいで戸惑っているんだが。
コイツはきっと日莉と交際し始めたことで"申し訳ない"とか考えてるに違いない。負い目を感じてずっと俺に謝ろうとタイミングを窺っている。
気まずそうに俺をちらちら見るその目に、イラッとした。



「…じゃあな」



気まずそうに頭を掻く乙樹の横を素通りする。



「…あ…!れ、蓮…!」



慌てて振り返り、俺の名前を呼んだ。

掴まれた腕が熱い。
カッと頭に血が登った。
そして腕を強引に振り払う。



「…っ触んじゃねえよ!!」



廊下に響き渡る怒声。
俺を責める声で辺りが騒がしい。

関わらないことで保ってきた自我。
しかし少し目があっただけで揺らぎ、少し喋っただけでヒビが刻まれ、触れられて、壊れた。

腕は振り払ったのに熱が冷めない。
行き場のない、どうしようもない怒り。
俺は乙樹を拒絶した。

振り払われた手を見つめる乙樹は如何にも"傷付きました"と顔を歪める。
それすら、腹立たしくて舌打ちした。

泣きそうな顔で、縋るような目で俺を見る乙樹から目を逸らせば、ドンッと背中を押された。
まるで乙樹から俺を遠ざけるように。
それは"まるで"なんかじゃなく、その通りだった。
押されたことに苛立って後ろを向けば、そこには俺を睨み付けてくる日莉がいた。

お前も、そんな目で俺を見るのか。
お前は、
お前らはいっつも、
乙樹を選ぶ。



「酷いよ!乙樹は蓮と話し合いたいって言ってたんだよ!?蓮が乙樹を避けるようなことするから、乙樹は仲直りしたいって!なのに話も聞かずに無視するなんてあんまりじゃん!最低だよ、蓮!」



イライラする。
何もかもに。




「…う……よ、」

「え?」

「うるせえっつってんだよ」



溢れんばかりの怒りで目の前が赤い。
募りに積もった不満、隠してきた嫉妬心、秘めてきた想いが入り交じって爆発した。



「…ならお前が慰めろよ。"彼女"なんだろ?」



ゆっくりと見開かれる目。
わなわなと怒りに震える唇。
"乙樹を傷付けたくせに反省してない俺"にバカにされた怒りで睨み付けてくる。

震える日莉の横を黙って素通りすれば、後ろからは、珍しく声を荒げる女の罵声。そしてそれを宥める柔らかい男の声に、またイライラした。

俺に目もくれず、女と男を見つめる無表情の美少年。
相変わらず何を考えているのか分からない。
スッと真横を通るとき、ポツリと呟かれた言葉を拾った。



「…ガキ」



その一言に触れることなく黙って廊下を突き進む。
ただ、黙々と。
そして人気が薄れてきた廊下の壁を殴り付けた。



「…っ」



じんじん痛む拳。
それ以上に痛む心。
張り裂けそうなほど苦しくて、思わず抑えた口元からは嗚咽が零れた。
目頭が、熱い。



「…クソッ…!」



中学3年の春。新学期。
とうとう心はコントロールを失った。
日莉の目に浮かんだ涙には、見ないふりをした。




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