ボーダー・ライン
数々の廊下を順番に潜り抜け、僕は無事に職場へと到着した。
道順が身体に染み付いているんだ、例え脳みそが半分眠っていたって僕はここに辿り着けると思う。
汚い鞄をロッカーにしまって一休みをしていると、人事課の若手社員が物凄いスピードで廊下を駆けていった。
いつもは仕事中だろうと暇そうにコーヒーを飲んでいるのに、珍しいこともあるもんだ。
「ふぅ……」
ため息を漏らしながら、僕は潰れかけのダンボールを椅子がわりにして、水筒の麦茶を口に含んだ。
ペットボトルの麦茶に百円も出すなんて「もったいない」と皆も早く気がつけばいいのに。
……とつまらない事をねばねばと考えながら、ちょうどその一杯を僕が飲み終えようとした、その時だ。
リーン……ゴーン……
社内標準時計が始業5分前を示し、スピーカーからチャイムが流れたのだ。
するとどこに隠れていたか、職場内に配置された機械の影から、次々に従業員達が姿を見せ始める。
彼らは一様に、機材の少ない部屋中央のスペースに集まり、整列した。
次にスピーカーからはチャイムに続き、あの聞き覚えのある「イントロ」が流れる。
そう、誰もが小学生の時に覚えたであろう、「ラジオ体操第一」である。
そして曲が軽やかに始まると、誰に指示されたわけでもなく条件反射のように、職場の皆はそれに合わせて動き出した。
「いち、にっ、さーん、しっ」
もちろん、僕も例外なくその一員。
古風なことだがこの会社は、始業前にラジオ体操を全従業員で行うことをしきたりとしているのだ。
軽快なピアノの伴奏に合わせて僕たちは身体を捻る。
毎日同じ笛の根で、小刻みに跳ねる。
奇妙な、一体感が職場に生まれる。