ボーダー・ライン

「おっ、おはようございます。いつもならば、し、始業の『声だし』をここで行うのが通例ですが、本日は、えー……えとかっ、割愛します」

その時の課長の目は、きょろきょろと不安定宙を、泳いでいた。
まるで怯えるかのように。

……何か、あったのだろうか。


「声だし」というのは会社の方針で行われている始業セレモニーのこと。

どういうものかと言うと、毎朝課長にランダムで指名された一人の正社員が、
「さぁ、今日もやるぞー! 皆さん、事故を起こさないよう、会社のために全力で、取り組みましょう!」
などと、あらかじめ会社で決められた内容に自分なりのアレンジを加えて大声でアピールするわけである。

会社いわく、何やら社員の士気を底上げするためには、コレが非常に有効なんだとか。


ラジオ体操といい声だしといい、僕ら20代から見ればその体質はあまりにも古臭い。


しかし毎日欠かさず続けてきたソレを突然、割愛するというのだ。
それにあの課長の取り乱しよう。

「こりゃ、なんかあったな。ふふん」
隣に整列していた若手派遣の工藤はそう呟き、にやにやと顔をゆがめた。


< 21 / 34 >

この作品をシェア

pagetop