ボーダー・ライン

「と……とにかくっ」
課長は僕から見てももう限界であった。
「せ、正社員……じゃなかった、班長! いや、やっぱ……」

はあはあと浅い呼吸から導き出される課長の焦りは、もはや言葉や思考能力さえも彼から奪っていた。
人はいざというときの打たれ強さに不公平を背負っている。


するとついに見兼ねた様子で、課長と従業員達の間に入る一人のスーツ男、
「私が説明しましょう」
若手有望株の有野係長だ。

額から冷や汗を吹き出し、既に正気を保てていないように見える課長を彼は見限ったんだ。

勿論、人前だから上司を表立っておとしめるような事はしない。
「課長は、疲れているでしょ。少し休んでて下さい」
と辺りから適当な椅子を見繕って、課長を座らせる。
吹き出す汗を拭くためのハンカチを渡してやる。

だが、その心の内はどうなんだよ、おい?


そして工場勤務には似つかわしくない、洒落た眼鏡を彼は指で押し上げた。
一般的に、これは出来る男の仕種である。
「私から説明しますよ」

有野係長は、ずいっと課長を押しのけて僕たちの前に立ちはだかった。


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