ボーダー・ライン
だが当の係長は無情であった、
「……以上です」
その「連絡」を、まるで日常の申し送りのように処理し、言葉の選び方以外の心遣いは全く感じられない。
更に係長は、終了際、付け加えた。
「あぁ、朝礼終了後に正社員は私の所へ集合するように! それと派遣の皆さんは、いつも通りに作業に取り掛かって下さい! それでは、解散っ」
……悔しい。
今でも渡辺さんが亡くなったなんて、僕には信じられなかった。
だけど、胸糞悪くてもそこにいる係長に、僕たち派遣社員は従う他なかった。
じゃないと、本当に次は僕たちの番だから。
臆病な自分は、死ぬのが嫌だ。
というのは、渡辺さんの病気の原因を、僕は知っている。
休職間際、半分ノイローゼ気味であった渡辺さんは、僕たち派遣仲間だけに病気の理由を教えてくれたからだ。
「有野のキツネにイビられてんだよ」
焦燥しきった目で、あの時、渡辺さんは漏らした。
「寝ようと思っても、まるであいつにとりつかれているようで、寝付けねぇ。どうしちまったんだろな。身体が頑丈なだけが、取りえの俺だったのに」
社員食堂で、粗末なパンをちぎっては口に運ぶ。
ハケン仲間に囲まれながら、苦しそうにパンを噛む渡辺さんの背中を、女性派遣社員の富岡さんがさすってやる。
だけど、喉から先へ、その塊はうまく通っていってくれない。
「渡辺さん、無理しない方が……」
その時の僕は精一杯の気持ちを、何とか言葉にした。
「係長が嫌なんだったら、一度会社を休むとか、課を変えてもらうとか、ホラ、僕たちハケンなんだから、色々と出来るんじゃないでしょうか」
だけど渡辺さんにとって、僕のその言葉は逆効果だったようだ。
「まだまだ若いから、オマエそんな事言えるんだよ」
ごちん、と僕の頭を渡辺さんはゲンコツした。